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卒業生の進路

卒業生の進路

山本健吾(1997年1月~2012年3月)
卒業動機

ヒューマン・ハーバーで多くの事を学び、毎日がとても楽しい日々だったが、メンバーの中で年長者になってから、「将来何がしたいのか?」を真剣に考え始めた。
小さい頃から食べ物関係の仕事に就きたい夢があり、夢を目指して頑張ることができるとの思いが強くなったので卒業を決意した。

卒業後の進路

料理人を目指しキッス調理技術専門学校入学。専門学校卒業後、念願の二蝶に就職。

ヒューマン・ハーバーにいて良かったこと

【1】学校に行っていたら絶対体験できないことができた。
42日掛けた沖縄までの自転車旅行、大規模なイベントを企画・運営する、自主ビデオ制作、極寒の島でテントを張ってのキャンプ等々、日々の活動全てがヒューマン・ハーバーでの学びとなった。

【2】自分のペースで卒業まで歩むことができた。
しんどい時は休み、何かしたい!動きたい!と思ったら、仲間と存分に楽しみながら、将来に向けて夢が見つかるまで
ゆっくり活動に参加できるところが、学校と違う良さだと思う。
不登校になった自分を、親が温かく見守ってくれて、一緒に活動に参加できる環境もすごくいい。

土田潤(2003年5月10日~2008年3月)
卒業動機

大学進学を目指すため

卒業後の進路

同志社大学→同志社大学大学院へ進む

ヒューマン・ハーバーにいて良かったこと

大学時代にイベントの企画等をすることがありましたが、ヒューマン・ハーバーにいた時に培ったイベントの運営方法
や仲間との折り合いのつけ方が活きたと思います。例えば自分がやりたいことをきちんと言う、相手が嫌なことはどのようなことかを、相手の立場で考えことができる。このような当たり前のことをしっかり、しかも自分のペースでゆっくりした時間のなかで学ぶことができたと思っています。
このことは今までの大学生活、そしてこれからの大学院生活のさまざまな場面で役に立ってくると思います。
ヒューマン・ハーバーで体験した自転車旅行やクリスマスパーティ、バンド演奏など、自分がやりたいことだけでなく、みんなと一緒に楽しむこともできたと思っています。好きなことをみんなで楽しむという体験や、自分以外のみんなも楽しめるために、自ら考え行動することの必要性がヒューマン・ハーバーにいて学べたのは本当に良かったです。

藤根雅之(2000年3月~2005年8月)
卒業動機

親からのプレッシャーに負けてしまう形で逃げるように卒業した。ヒューマン・ハーバーに通っている間、親から毎日のように「いつまでヒューマン・ハーバーに通うのか」と言われ続けた。その言葉に飲み込まれるような形で、大学にでも行って「キチンとした」資格を取って社会に出ないとダメだと思い込む。その結果、あろう事か学校の先生になるために大学へ進む事を決め、受験勉強をするために卒業した。

卒業後の進路

高等学校卒業程度学力認定試験を取り大学に進学する。大学で教職課程を履修するが、学校教育の画一的・効率主義的・抑圧的な教育についていけなくなる。
そんな時、図書館司書課程の授業で生涯学習について触れる事となる。パウロ・フレイレ、エットーレ・ジェルピ、ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガーなどを読み、学校教育以外にも学びがあるという事を知るフリースクールやオルタナティブ教育について自らの手で語りたいと思い、大学院に入り教育社会学の分野で研究を始める。 京都外国語大学外国語学部英米語学科を卒業し、現在は大阪大学大学院人間科学研究科で専攻は教育社会学を学んでいる。

ヒューマン・ハーバーにいて良かったこと

立ち止まり、問う事ができるようになった。つまり、社会やものの在り方に対して疑問や違和感を感じた時に、ただそれが現実なのだからと受け入れるのではなく、その事について深く問い直し、自分の言葉で語ろうと思う事ができるようになった。
ヒューマン・ハーバーでは色々な活動を行ったが、その中心に据えられていたのはミーティングであった。
ミーティングでは、ヒューマン・ハーバーでのほとんどの物事を決定したが、子どもも大人も参加者全員が自分の頭で考えて自分の言葉で語って進めてきた。確かに、どうしようもない事や既に決まっている現実などもあったが、それらを踏まえた上で自分たちは何を考え、何を語り、何をするのかと言う事を絶えず問われ続けて来た。そして、ヒューマン・ハーバーでは、その様に深く考え自分の言葉で語ると言う事が尊重されていた。
その経験が、その後生きていく上で、社会の流れに流されるだけで無く、立ち止まり少しでも自分で問うてみるという生き方に繋がったと思う。

自分の今後の方針

自分の生きた人生や自分が行ってきた学びについて、自分の言葉で語りたいと思う。私の人生はひたすら否定されてきた。特に親から学校に行かない事やヒューマン・ハーバーに通う事等をひたすら否定されてきた。「客観的」に見れば、不登校でフリースクールに通ってと言う生き方は「良くない」のかもしれない。
しかし、私が生きた人生をなぜ否定されなければならないのか。なぜ私の人生や学びが「客観的」という「常識」というものさしで計られる「対象」でなければならないのか。
そうではなく、自分の生きる人生をそして私が育った学校以外の場であるフリースクールを、当事者である自らの言葉で語りたいと思う。 そして、教育社会学という領域で研究をする身分として、学校教育一辺倒で物事を考えようとし至る所で綻び歪み始めている現代社会において、学校以外の場における子どもや若者の活動や学びから社会を捉え直すと言う活動を行っていきたい。